書評43:プロ野球 スカウトの眼はすべて「節穴」である

プロ野球スカウトの眼はすべて「節穴」である (双葉新書)

プロ野球スカウトの眼はすべて「節穴」である (双葉新書)


最初はタイトルが過激なので、なんだか騙されると思って手に取らなかった本だ。
しかし近年の横浜のドラフトの体たらくぶり映画マネーボール公開にちなんで勇気を出して買ったことが良かった。


読み始めた最初の感想は「エライ本を手にしてしまったな」だった。
それはそうである。
ヤクルトの元スカウト部長を務めた大ベテランの著書は、斉藤佑樹が大化けしないと断言するところから切り出し、野村元ヤクルト監督との確執を認めるところから本は始まる。
著者も認める通り、過去にこれだけスカウト活動の表裏を伝えた一冊はないだろう。
しかしこれは暴露本の類いの安いっぽい内容ではない。
その道33年の骨太で一本気な経験豊富のスカウトの生の話である。
だから含蓄のある話も多いし、インパクトの強い、マスコミも避ける話も詰まっている。
それは裏金の存在を認めているところであったり、金の卵を潰す指導者だったりとにかくあまりの刺激にページがどんどん進んでいく。


インパクトのある話は、やはり実話に基づく体験談だからだろう。
高橋由伸がヤクルトを志望していながら、父親の焦げ付いた土地問題が絡んで巨人を逆指名したエピソードや、
プロ入り志望と聞いて指名したら、手のひらを返されたエピソード、
選手の周りに徘徊する野球ゴロのエピソード
など33年もスカウト活動をした訳だからネタには事欠かない。
登場人物も掛布、野茂、古田、池山、尾花、長嶋茂雄ととにかく豪華なのだ。


しかしそういったエピソードとは別に、やはりベテランならではの考察もふんだんにあるので、幾つか紹介したい。
球団からポジションを保証されているサラリーマンであるスカウトと単年で勝負をしている監督とのドラフトに対する姿勢の相違の部分は興味深い。
これが野村監督との確執の根本であったことは間違いない。
即戦力が欲しい監督と、中長期でチームを見る視点を必要とするスカウトではやはり食い違いが起きる。
そしてお互いへのリスペクトがないとおかしなことになる。
眼鏡のキャッチャーはいらないと言い張りながら、後にオレの手柄だと言われたり、ルーズショルダーがわかっていながら伊藤智仁を酷使したり、才能は父以上だったかもしれない一茂を干したりと野村監督との抗争が残されている。


著者がベストのドラフトの方法は完全ウェーバー制であることだと考えていることもおもしろい。
そのかわりにFA期間が短くなることは条件だと述べているが、それでも裏金をなくす方策として、韓国プロ野球が導入している制度の紹介は説得力があった。
韓国では、契約金の一部を育てた学校に支払うそうだ。
巨人が無理矢理作った逆指名制度のせいで、露骨にお金を請求する悪い監督もいたようだ。
韓国プロ野球のような制度であれば、後ろめたいこともなく、練習環境の整備や指導者に謝礼を出せるということだ。


そしてやはりスカウトなだけに、選手の見るポイントもとても興味深い。
著者が大事だと思う点はやはり「強いハート」。
高橋由伸もその点を心配していたそうだが、どこかお坊ちゃまだったり、自分の信念を貫けない選手は大成しないようだ。

そして次にそのチームにハマるか否か。
ヤクルトでは、関根監督時代に伸び伸びと育った池山選手のような例がある一方、スピードはめっぽう速いのに、ノーコンなために伊藤昭光投手コーチにポイッと捨てられてしまった平本投手のような例もある。
著者は信念を持って選手を獲得してきただけに、指導者への見る目も確かでありまた厳しい。

そして技術的な面で言えば、
ピッチャーはこの3つを注意してみていたそうだ。
「球離れのよさ」
「リズム感」
「身体の強さ」
バッターであれば、
「球付きのよさ」と
「フォームのリズム感」


これだけ書くとどうもマネーボールのデータ主義と逆行していることもなんとなく伺える。
しかし本人は説く、「人が人を判断することはできない」、ただ「信じることはできる」と。
「その人の才能を、そして自分の判断を」
そういわれてみれば、ビリー・ビーンも最後には人をそして自分の判断を信じた。
もちろん途中の判断基準においてデータを重視した違いはある。
でも彼はサイバーメトリックス導入において自分のチームの部下を信じたし、そして球界の慣習に逆らう自分の判断を。
スカウト活動が実を結ぶのは、人の強い信念に支えられているのではないかと感じさせられた。


時間が経つのは早く、もう間もなくプロ野球のレギュラーシーズンも終わり、ドラフトまですぐ。
この一冊の知識を持って今年のドラフトの様子を見ていくとかなりおもしろいのではないだろうか?
もう何冊かドラフトやスカウトの本も出ているようだから手にしてみたいと思う。





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