書評:巨魁

清武の乱として11月に会見をした時から、元巨人軍GM清武英利の行動は何故か勢いに乗らない。
3月に巨人軍の中心選手による新人契約金の最高標準額を超えた契約が報道されたのにも関わらず。
理由は様々だろう。


清武本人が世論を味方につけていない。
社内の人事を巡るお家騒動に世間が関心を持てない。
ナベツネの存在を恐れて発言を控える大手マスコミ。
読売vs朝日という新聞社の勝手な争い。
新聞という古いメディアの負の事件に体するニューメディアの興味のなさ。
裁判の様子が聞こえてこない。
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そんな煮え切らない現状を理解するためには、やはり当事者の声を聞くのが一番なのだろう。
そこでこの一冊。


巨魁

巨魁


清武氏本人による、彼の巨人軍でのキャリアを振り返りつつ、ナベツネとのやり取りを通してこの巨魁の人物像を浮かび上がらせようとして書かれた一冊だろう。


清武氏がジャイアンツに就任するのは2004年8月。
プロ野球ストライキ騒動のど真ん中に放り込まれた読売の人事であった。
渦中の球界に一気に飛び込んだ彼はそこから次第に様々な異変に気付きながらも、プロ野球球団の運営にのめり込んで行く。
彼の意気込みと情熱を理解するには、ナベツネにやめろと催促されたのにも関わらず、書き続けたコラムをまとめたこの一冊を読めばわかる。


私の愛した巨人 (WAC BUNKO 154)

私の愛した巨人 (WAC BUNKO 154)


野球の素人なのにいきなりストライキ騒動に投げ込まれ、そこから一気に巨人に止まらず球界を良くしようとした元敏腕社会部記者の熱いメッセージが綴られている。


これらの本を読んで行くと、清武英利の人物像がわかる。
立命館大学出身の自らを非エリートと位置づけ、東大出身のナベツネと比較して行く。
それはジャーナリズムに燃える社会部出身の自分と魑魅魍魎な政治家と付き合ってきた政治部出身のナベツネとの比較でも伝わるものがある。
清武氏はある意味理想に燃える、正義感に強いタイプ。
提携しているヤンキースを通じて様々な可能性を知り、それをどんどん巨人に取り入れようとする。
野球界との出会いがいきなりスト問題だった反動なのだろうか?
巨人の強化と共に球界の正常化に燃えている側面も感じ取れる。


したがって日本一の新聞社の経営者とは見ている景色が違う。
こちらの経営者は、巨人が日本の野球を支配する、巨人が読売新聞に利益をもたらす、それらをひたする守ることにしか興味がない。
清武氏のように球界をよくしたり、ジャイアンツをより高いレベルに押し上げる野望はない。
ましてやこの本を読む限り、野球の知識がおそろしくないことも見えてくる。
つまりスポーツに興味がないのだ。
あくまで政治部記者、そして新聞社の経営者なのだ。


そうすると、なんだか清武の乱が盛り上がってこないことが見えてくる。
スポーツと企業が一緒くたになってしまっているから盛り上がらないのだ。
企業とスポーツが分離していないからこのお家騒動が盛り上がらないのだ。
企業の倫理は、はっきり言って盛り上がる要素に欠ける。
社内のドロドロで盛り上がることは日本では基本的にあまりない。
一企業の社内人事で大衆は盛り上がりにくい。
ましてや様々な要因でマスコミも盛り上がらないようでは...


さて「巨魁」の内容についてだが、下品な暴露本の可能性を少し恐れたものの、さすがは元新聞記者、とても読みやすくとても面白い内容になっている。
日テレの氏家元会長とイチローを獲得しようとしたエピソードや、ヤンキースとの提携を通じて学んだ球団運営・強化のノウハウ、マネーボール顔負けのベースボールシステムの導入とそのいきさつ、3軍創設の真意と想い、そして今回の事件について。
多少報道にも出たものの、読んだ後の印象としては原監督にはしごを外されたのかな?というようにも取れる。
今回の事件は、理想に燃える出来る男と、保身に燃える巨魁のコミュニケーション不足が生んだ乖離が、現場とのコミュニケーション不足につながった結果のように感じる。
GMの理想に燃える一方で、現場、特に監督の意思疎通が疎かになったのではないか?
清武氏の本を2冊読む限り、FAによる金権体質を改めることがライフワークのようになっていた。
確かにそれは彼が指示された大きな課題の一つだった。
その結果、コーチや2軍監督、スカウトなどと多く会話していることが手に取るようにわかる。
しかし肝心の一軍の試合に関しては、野球の素人ということをよく理解している結果か、一軍首脳陣と多く話している印象を受けない。
そこに優勝できずに焦っている原監督がどう思っているかは想像がつく。
原監督にとってみれば、育成選手がモノになるまで待つほど時間的余裕はないのだ。
そして原監督はナンバーのインタビューで監督が自分で決められる醍醐味について語っている。
このインタビューを読んで私は「危ないな」と感じた。
そんな発言をしている監督が、若手の育成ばかりに燃えているGMと良好な関係を保てるとも考えにくい。
ひょっとすると、巨人軍はナベツネ、清武GM、原監督がそれぞれ違う方向をみている球団だったのかもしれない。
だからの江川騒動だったのだろう。
江川なら原監督にとって盾となったかもしれない。
江川なら原監督に物申せる!ナベツネはそう語ったらしい。
そして理想に燃える清武氏だからこそ、育成に定評があり期待していた岡崎コーチにこだわったのだろう。
江川氏のコーチ就任騒動に関する供述はかなりおもしろいので、その件のためだけにでも買う価値があるかもしれない。


さて、現状事実が清武氏のみからしか語られていないので、結論を出しづらい。
いずれナベツネ及び原監督や江川氏も口を開く日が来るのかもしれない。
ひょっとすると、桑田のドラフト騒動のように隠蔽されたままになるかもしれない。
どちらにせよ、整理するために簡単に時系列で少なくともわかっている関連の事実だけでもならべてみたい。


1993年:ドラフト逆指名制度導入
1997年:高橋由伸選手契約
1998年:上原浩治選手、二岡智宏選手契約
2000年:阿部慎之助選手契約
2003年:内海哲也選手契約
2004年:野間口貴彦選手契約
2004年:一場事件発覚、ナベツネオーナー辞任
2004年8月:清武氏 巨人軍取締役球団代表(局次長相当)・編成本部長に就任。
2004年9月:プロ野球選手会ストライキ決行
2005年:ナベツネ巨人軍会長として復活
2005年:育成ドラフト開始
2007年:西武・横浜裏金問題発覚
2007年10月:12球団は契約金の上限を1億円と出来高払い5千万円で合意し、破った場合は制裁を加えることを決める
2007年ー2009年:巨人セリーグシーズン優勝
2009年:巨人日本シリーズ優勝


清武氏がGMに就任してから、セリーグ3連覇という偉業はあるものの、巨人は一度しかに日本一になっていない。
新人王を4年連続輩出しているなどの功績はあるものの、野球の成績だけをみた場合の清武氏の評価はわかりにくい。
しかし、淀んだ体制を一掃し、金満体質のイメージを一新した功績は認めても良いのではないだろうか?
社会部出身だけあって、世の正義に関する感覚は今までのジャイアンツのフロントでは飛び抜けていただろう。
しかし社会部出身なら、世論を味方につけるのはツイッターなどを何故利用しないのかいささか不思議である。
是非スポマン JAPAN!のアスリート・ソーシャルメディア特集を聴いてもらいたい。
そして、次のステージとして他のスポーツのGMとして是非挑戦してもらいたい!
オーストラリアサッカー協会とラグビー協会を立て直した人のように!
とにかく転職を勧めたい。



余談:
ちなみにナベツネのかつての英語の先生がロバート・ホワイティングだという話だが、これは事実だとしたらなんともシュールな話だ。
ロバート・ホワイティングの著作を知れば、一目瞭然だ。


菊とバット〔完全版〕

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和をもって日本となす

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次はこの巨魁に関する本も読んでみたい

渡邉恒雄 メディアと権力 (講談社文庫)

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