日本人が五輪100mの決勝に立つ日

日本人が五輪100mの決勝に立つ日 (日文新書)

日本人が五輪100mの決勝に立つ日 (日文新書)


著者は現在日本陸上界短距離走のトップを走る福島千里選手のコーチ。



元々は高校教師で有名な陸上部の監督であったが、定年退職にあたり北海道恵庭市にある専門学校がバックアップする北海道ハイテクアスリートクラブの監督となり現在に至る。
このアスリートクラブは、3億円も投じて作った、130mx5レーンのトラックを備える屋内施設でも有名である。





本の内容は、大きく分けて
福島とのエピソード
女子陸上界の過去から未来に向けての筆者の取り組み
指導方法


北海道という地理的な条件を逆手に様々な独自の練習方法を編み出した中村監督。
それは雪でグラウンドが使えない時に廊下を活用したり、その結果狭い中で足を速く動かすことに気付いたり、はたまた現在ではマスコミに多く取り上げられた逆さ吊りの状態で腹筋をするなど、彼の指導方法は新しいものへの試み、既成概念への疑問の投げかけの積み重ねでもあった。




彼は長い間筋力トレーニングと向き合うことを避けた日本女子陸上界を「失われた17年間」と表現した。
北海道という土地柄がそういった風潮に彼を挑戦させたのかもしれないし、彼の探求熱心な性格のせいかもしれない。
しかし彼は日本の陸上界の問題を冷静にみている。
プロの指導者がいないこと。
陸上種目は競技が多いものの、短距離に特化した指導者がいないこと。
ジュニア世代では世界と争うことができるが、シニアに続かないこと。
そしてそれらを打破するためにクラブチームをつくること。


そんな夢を抱いて定年後に作ったクラブチームに福島は進む。
身体の上下動が少なく、足の回転(スイングスピード)がやたら速いアメンボ走法で彼女は世界と戦い始める。
ここでよく引き合いに出されるのがアリソン・フェリックス選手だ。
筋骨隆々と言うより、手足の長いすらりとした体型の200mチャンピオンだ。
マスコミは単純にフェリックスを例に福島もいける!と相変わらず煽るが、こんな動画を見つけてしまうと安心はできない。



しかし筋肉量の差をこのスイングスピードで対抗しようとしている監督の構想では、福島選手のピークは実はロンドンではなく、次の五輪リオ・デジャネイロと見ているようだ。
そのときの福島選手は27歳。
ひょっとするとスイングスピードの次のステップは筋力トレーニングかもしれない。


個人的にはそのプロセスを見てみたい。
男子の短距離走で唯一世界大会でメダルを獲得したのが末續選手。
日本独自のナンバ走りで見事世界選手権200m走で銅メダルを獲得。



2003年の快挙の後、彼は長期にわたり競技から離れるなど、その後目立った活躍はしていない。


アジア人で初めて10秒台の壁を破る寸前までいった伊藤浩司選手もナンバ走りで活躍した。




ナンバ走りに筋力アップを加味するとどうなるのか?
日本人選手でまだそのステップに進んでいる選手はいない。


さて、ここまでが日本の話。
次は海外に目を移してみたい。
まずはこちらから



こちらは陸上界を席巻しているジャマイカの国技、ジャマイカ版甲子園とでも言おうか、ジャマイカの陸上高校選手権。
通称「チャンプス」
全国民が注目するこの行事は、毎年3月首都キングストンで行われる。
約2500名が参加し、12−19歳の選手が年齢別に競う。
最終日には3万5000人が見守る中、決勝レースが行われるそうだ。
現在世界最速の男として有名なウサイン・ボルトもここでの優勝をきっかけに、キャリア形成を真剣に考え、サクセスストーリーにつなげたそうだ。


さて、ジャマイカの強さの秘密を探って行くと、色々な要素が見えてくる。
一つ目は、国内クラブの存在。
昔は有望な選手がアメリカの大学へスカウトされて進学していた時期があったそうだが、トレーニングや環境に慣れず大成しないケースが多かったそうだ。
大学進学のタイミングでスカウトされずに埋もれた才能を放置することなく、国内の受け皿を作る動きが1990年代後半から始まる。
ナイキなどの大手メーカーなどのスポンサーによって支えられているこれらのクラブから、ボルトやパウウェルなどの選手が育っている。


彼らの活躍が好循環を生み出し、多くの有望な若手が国内に留まるようになり、その結果日々高いレベルで競争することが可能となった。


他にも面白い点を幾つか紹介する。
治安の悪い、貧困の激しいジャマイカでは、成功するためのハングリー精神が違う説。
ボルトもキングストンから車で4時間離れた貧しい村の出身だということからも、あながち否定はできない。
食文化に強さの源を求める説もある。
主食であるヤムイモの高い栄養値に注目した研究も現在行われている。
種目は違うが、ラグビー王国のNZも栄養値の高いタロイモが強さの秘密だと言う説もあることから、ひょっとするとこの説も間違いではないかもしれない。
そして最後に裸足で芝生の上で幼少期から走っていることも高い走力の源だと言われている。
柔らかい芝生でのトレーニングがケガ防止につながり、なおかつ滑りやすい芝生の上を走ることにより、指と足裏で地面を掴むグリップ力が向上する効果があるとのことだ。


そこでもう一度北海道ハイテクACクラブを思い出してもらいたい。
そしてそのトレーニング風景をみてもらいたい。




ジャマイカが強くなった道程と共通点は多くないだろうか?
地元に残る。
クラブチームの存在。
芝生の上を走る。
全部行っているのだ!
後は高い栄養価のイモを食べるのだ!
と、そんな簡単にはいかないことは百も招致だが、方向性は間違っていないことは嬉しい限りだ。
残念ながら国内にいては、ジャマイカほど高いレベルで競い合う相手がいないかもしれないが、著書の中で中村監督は海外転戦の重要性も説いている。


ロンドン五輪まであと約2ヶ月。
福島千里選手と中村監督の挑戦もいよいよ佳境。
日本人女子初のファイナリストとなることはできるのか?
アメンボ走法と独自のアプローチは世界に通用するのか?
そしてその道はジャマイカへとつながっているのか?
様々な観点で彼女達の挑戦を見守ると、よりオリンピックが面白くなるはずだ。


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