書評:「最後」の新聞 ~サッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の成功


現在新聞業界は暗いニュースが多い。
若者はネットでニュースを知り、その結果部数は落ち、広告収入は減り、自慢の流通網も様々な自業自得の足かせで有効活用じまい。
そして電子化対応にも追われ、明るいニュースがない。
だからこそこの煽るようなタイトルに出版社が行き着いたのもの頷ける。

さてそんな極めて閉鎖的で暗いニュースが多い新聞業界にて、確かにエル・ゴラッソの存在は興味深い。
まずは専門性の高い媒体だということ。
他の全国紙がなくなっても、日経新聞が生き残ると唱える人たちと同じ意味合いだろう。
専門性の高い媒体はほとんどキヨスクではお目にかかれない。
次にサッカーというジャンルだけの新聞が閉鎖的な業界の流通網に乗っかったこと。
そしてやはりサッカー(特にJリーグ)という題材だけでビジネスとして成り立っていること。
以上マスコミの常識で言えば、全て否定されかねない特異性で成り立っている点がこの媒体のすごさだろう。

成り立ちももちろん面白い。
個人ウェブサイト(ルモンド・ド・トルシエ)から著者はサッカーとの関わりを持ち、その後日韓ワールドカップ決勝でフリーのファンマガジンを配布したりすることで現在のアイディアにたどり着く。
途中パイロット版をサッカーライターやマニアから感想を聞くべく意見交換会を開いたりと、当時としてはとてもソーシャルな動きを経て、オールドメディアと言われる新聞にたどり着いたところがおもしろい。
理由としては安くつくれる点と世界にもまれな日本の新聞社の配送システムと、土日の試合を中心とする周期で進行するファンのライフスタイルにマッチするということだが、ここでのマーケット分析は的確なものだろう。
しかしただ頭脳的に攻めただけではなく、もちろん閉鎖的な新聞業界に切り込む際の熱血体験談も記されている。

さて、ここまで書くとこれは新聞業界にとって一寸の光とみえるかもしれない。
違う分野で専門性の高い新聞を創刊できる!と思う人も現れるかもしれない。
もしかしてファッションや釣りや映画か音楽など何か違う分野かもしれない。
しかしスポーツに限って言えば、やはりこれがサッカーのすごいところ。
競技人口、サポーターの数、世界レベルでの戦い、支えられている人数と話題に事欠かないところがやはりビジネスとして成り立つ理由だろう。
例えばバスケやバレー、ラグビーなどでは話にならないだろう。
野球はスポーツ新聞で事足りているとしたら、残るはゴルフかもしれない。

しかし本書にも出てくるが、近い将来最大の心配事をこの媒体は抱えている。
それはタブレットの存在だ。
新聞とは違うDTPでつくられているエル・ゴラッソの自慢の一つにページのレイアウトがあるのだが、この点も含めiPadなどで展開されようものなら、優位点であったユーザーエクスピリアンスでは簡単に負けてしまうのだ。
他の点でも問題が生じてくる。
即時制はもちろん、深い内容でも簡単に凌駕されてしまう可能性が高いのだ。
筆者もそれをわかっていて、今後スポーツニュース通信社になるような展開やさらなる編集能力のアップを唱えているが、果たしてどうなるのだろう。
正直私の脳裏には買収という二文字が浮かんだ。
どこか大きなウェブ企業に飲み込まれないかが心配だ。
気付けば東京で一世を風靡したR-25もウェブ上ではヤフーの中で存在している。。。

私のアドバイスとしては、コンテンツを全てネット上に掲載するのではなく、お客様との関係値をネットに載せることをお勧めする。
それはどういうことかと言えば、お客様とのやり取りをコンテンツを軸にネット上で活性化させる。
つまりは、ネット上の編集者/ファシリテーターを配置し、サッカーのネタや提言、アイディアをどんどん語っていく場の提供をお勧めする。
そうすることで紙との相乗効果が図れると思う。
そしてそれが専門性の高い媒体の専売特許でもあると思うのだ。

いずれにせよ、遠くない将来バスケの新聞、ラグビーの新聞が創刊されていたら、夢のような話である。
なんて幸せな毎日だろう。
そのためにも女子サッカーの裾野もワールドカップ優勝を機にどんどん広がってもらいたい。
そうすることでエル・ゴラッソの読者は増えるだろうし、エル・ゴラッソの活躍が他のスポーツにも影響を与えていくのだから。