高速化の幻想 日本の球技が誤解している現実

日本の団体球技が苦戦している。
ロンドンオリンピックに向けて、出場が決定しているのは女子サッカーのみ。
男子サッカーは順当だろうし、女子バレーも有望かもしれない。
しかし先日水球では男女共に出場権を逃し、ハンドボールもホッケーも可能性があるものの、確実ではないようだ。
日本の女子バスケットボールも茨の道が待っている。


日本のチームスポーツが世界と対峙する時にだいたい出てくる文脈が、


体格に劣る
100m走なら負けるが、30mなどの短い距離なら負けない
勤勉
粘り強い
個人では負けるがチームワークがいい
上記の特徴を活かして、体力では負けないようにしながら、素早い高速コンビネーションで勝負する


これがほとんど。


しかし、

バレーボール男女共に高速バレーを目指したものの、男子は昨年の世界バレーで軌道修正できず散々な結果に終わった。
女子はギリギリのところでトスの高さを低く、早いものから緩やかな軌道に修正してなんとか後半巻き返した。
ラグビーでは「低く、早く、激しく」なんてスローガンは聞こえてくるが、NZワールドカップではそれをウェールズ辺りがより実践して、日本は表現できずに無敗で終わる。
女子バスケも高速コンビネーションバスケをかれこれ30年目指しているが、個人能力が高い時はオリンピック出場を果たしているものの、昨年夏には同じ戦法で中国、韓国に玉砕されている。
サッカーでも昔第2次岡田ジャパンも大昔のラグビー大西ジャパンの「接近・展開・連続」をモチーフにハイスピード戦術を用いようとしたが失敗に終わり、ギリギリ軌道修正してワールドカップベスト16に滑り込んでいる。


どうだろう。
この日本人がすぐに飛びつく戦術で、過去に成功事例はあるのだろうか?
逆に神風特攻隊自滅戦術にしか思えない。
相手に素早くプレッシャーをかけて、そこから素早くオフェンスで技術力とチームワークを活かして点を取る。
こういうことなのだろうが、たいてい試合終盤体力が切れてあっさり点差が開く。
ではどうすればいいだろうか?
ここから色々考えてみたい。


「プレッシングは優れたテクニックの前では無力だ」 ヨハン・クライフ
状況に応じて相手にプレッシャーをかけないと、逆にピンチを招くのだ。

この「状況に応じて」というところが厄介で、リーグ戦が浸透していない日本のスポーツ事情と比較し、世界はリーグ戦が多いことで試合経験数が単純に日本の選手より多い可能性が高い。
つまり、状況に応じた判断力が相手の方が高いことが予想される。
(競技によって差があるとは思うが)
そんな相手にひたすらハイプレッシャーのディフェンスを仕掛けると体力が切れるのは誰でも想像がつくだろう。


さて状況判断力で言うと当然のことながら、おそいスピードの中での方が正しい判断をしやすいことは自明の理だろう。
スピードが上がれば上がるほど、周囲の状況や味方の状況、試合の流れを把握することは難しい。
さらにそこから何かプレーを選択したり、味方と連携するのはもっと難しい。


単純に車の運転と比較してもらいたい。
一般道をいつも走る普通免許保持者が、スピードが上がる状況、例えばF1レースに対応できるかどうかを考えてみればわかりやすい。
トップスピードで自らの肉体を整備しながら、状況判断して相手と勝負することは簡単ではないのだ。
その状況でマシンを操るには当然フィジカルなコンディションはもちろん、スキルも最高峰でなければトップスピードでマシンを操れないはずだ。
日本ですぐ飛び交うこれらのスローガンは、スキルが世界最高峰かどうかもわからずに、とにかく高速化すれば道が開けるという一種の暴論ではないだろうか?


ラグビーマガジン最新号のエディー・ジョーンズ新監督のインタビューからコメントを引用したい。

「パスを駆使してボールを動かすべきなのです。コンタクト後も工夫しながらボールがディフェンスよりも速く動かなくてはなりません。ひとつしてはならないことがある。80分間、ハイスピードのラグビーを仕掛けることです。それは不可能だ。速いテンポを追求するのだけれど、そこだけに焦点を絞るべきではない。」


本当にありがたい言葉だ。


「ボールを動かせ!ボールは疲れない!」
クライフの言葉だ。


オシムジャパン時代に日本代表はボールをうまく保持して相手を走らせて体力を消耗をさせ、勝ったこともあった。
もちろんバスケットやバレーだとどうしても攻守が必ず入れ替わるからひたすらボール保持率を上げることは難しいスポーツもある。
しかし世界の識者の言葉は明らかに「ひたすら速く!」という日本にありがちな文脈とは奥の深さが違うことは理解できるだろう。
速ければいいというものではない。
スキルがないのに速さだけ追求するとミスが増える。
体力が消耗する。
どうやら結論は、「急がば回れ」。
高速化を求める前にスキルを磨け。
こういうことだろう。


かつて日本はスキル、技、アイディアで様々な競技で世界のトップクラスに君臨してた。
先日亡くなられたバレーボールの松平氏は様々な技と戦術と訓練の工夫で日本を世界のトップに導くだけでなく、現在の日本のバレー人気の源流を気付いた。
その強さは世界に衝撃を与え、ブラジルなど各国が勉強しに日本に選手やコーチを派遣したことでもわかる。
ブラジルバレーの現在の強さの秘密は、当時の日本から学んだことが原点だと代表監督が言うほどだ。
女子バスケも1970年代に世界選手権で銀メダルを取っている。
身長差をカバーする正確なロングシュートと激しいディフェンスの勝利だったようだ。
ラグビーも松尾雄治というスターを擁して最強ウェールズと接戦をアウェイで繰り広げている。
ここでもショートラインアウトなど日本独自の戦法で相手を翻弄したりしている。
前述の大西ジャパンもハイレベルの戦術と高い技術力と高いフィジカルコンディションで世界と接戦を繰り広げた。
球技ではないものの、体操もこの頃黄金時代を極めているが、その後バレー、ラグビー、バスケと同様に長い低迷期を迎える。
どの競技もオリジナリティーは消え、世界はどんどん日本の技を吸収し、より高い身体能力やシステムの改善で先を越してしまった。


(これらの競技が世界から取り残された原因として、モスクワ五輪ボイコットが大きな要因だと考えている。
日本はここで世界との接点を持たなかったことにより、ガラパゴス現象がスポーツで起きたのではないかと思う。
世界のレベルを体感せず、理解しないうちに、社会主義の崩壊と共にプロスポーツ全盛の時代も加速し、日本は取り残されたのだろう。
そんな仮説を勝手に考えているのだが、あながちまちがってはいないとも思う。)


なでしこジャパンの成功は、佐々木監督に言わせると

女子サッカー界を見渡した場合、身体能力にモノを言わせたサイド攻撃は世界にはあれど、ミッドフィールドの展開力は各国あまりないという点に目をつけて、ディフェンスの追い込み方を世界の定石である中から外へというものとは逆の戦術、外から中へプレッシャーをかけた


戦術が功を奏したようだ。
つまりスキルレベルを11対11で比較した場合に、日本の方が勝っているという計算だろう。
そのスキルレベルのベースの上に高い位置からのプレッシャーと言う体力と付随してくる戦術が乗っかってくるのだ。
やはりハイスピード、ハイプレッシャーが先ではないのだ。


では球団スポーツでスキルを上げるためにどうすればいいだろうか?
1月25日の日経に面白い記事があった。
湘南ベルマーレが生き残りをかけて差別化戦略の一環としてフットサルに力を入れ始めている。
育成時に狭いスペースでボールタッチの数がより多く、より判断を求められ、スペースの概念も身に付くし、ハイプレッシャーに対応するスキルも磨かれ、攻守のキリカエも速くなる。
こういう狙いだ。
実はこれ、昔レッズの黄金期のベースを作ったオフト元監督も多く取り入れていた練習法と同じ狙いだろう。
オフトはフィールドを小さくした8対8をよく行ったようで、この中で田中達也はゴールへの意識が
高まったなどの効果を述べていた。
狭い中では当然ディフェンスは守りやすいし、プレッシャーをかけやすい。
それを破るためには相当のスキルが求められる。
日本が目指すべきことは、まさにスキルの獲得ではないだろうか?
ラン、パス、シュート
並べれば簡単な言葉だが、ランの質、パスの質、シュートの質を問いていけば、かなり奥が深いことがわかるだろう。


随分長くなってしまったが、体格で劣る日本が世界で君臨している競技には、必ず高い技術力、スキルが存在している。
北島康介の泳法は世界では真似できないものだったし、イチローのヒット、室伏や荒川静香もスキルレベルが高いからこそメダルを獲得していることは、マスコミでも報道されている。
日本の部活などに蔓延している根性と体力をつける練習の前に、スキルレベルを向上させる指導に取り組まない限り、未来はない。
ファンにもマスコミから「高速」戦術などと盛んに聞こえてきた場合、今一度冷静にスキルがそのレベルにあるかどうかも確認してもらいたい。




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