書評41:日仏ラグビーとエリサルド

ジャパンのワールドカップの戦いは一足早く終わり、チームも先日無事帰国した。
カーワン監督の去就ははっきりしないものの、どうやら新しい体制が築かれることになりそうだ。
多くのファンが嫌な予感をしていることだろう。
なぜならJKの前任者と協会のすったもんだが頭をよぎるからだ。
そのすったもんだを描いた一冊がこちら。

日仏ラグビーとエリサルド

日仏ラグビーとエリサルド


なんとも奇異というべきか、不思議な本である。
まず東京の大きな書店ならかなりの確率で在庫がある。
なんでだろう?
次に著者が何者なのかなんだかわかるようでわからない。
フランス駐在経験のある、元協会執行理事でエリサルドの付き人兼通訳というところだろうか。
しかも経歴部分にある執行理事の期間は、2006年4月から9月21日まで。
これはエリサルドの在任期間とほぼかぶる訳だから、付き人として雇われたものの、ややこしくなったのでやめることになったと推測される。
じゃー暴露本かというとそうでもなく、立場は第三者ではないものの、エリサルドの名誉回復を狙ったものとされる。
そしてエリサルドの知見や日本のための提言を残そうとする試みでもあったのだろう。
しかしやはり客観性に欠ける部分で、この本は日本ラグビー狂会の一部の人間には激しくバッシングされていたりする。
でもその部分にあまり焦点をあてても今の日本ラグビーはそれどころではないので、建設的な部分だけでも振り返ってみたい。

まずは、エリサルドが感じた日本ラグビー

・日本のプレーヤーに必要なのは、瞬時の判断力をつけることだ
・プレーのテンポが一定でずっとアクセルを踏み続けている状態
トップリーグは外国人選手がゲームをコントロールしている
・NZ流、オーストラリア流などをそのまま適応することは、文化を無視することでもある
・お行儀の良いプレーが多く、グレーなプレーが少ない
大学ラグビーの特異性。
  伸び盛りの時代にわずかな試合経験しか積めない。しかも、その試合の大半が試合とは呼べないワンサイドゲーム。これで強化するってどういうことなんだ。
・日本のレフェリーには一定の基準がなく、選手に迷いを生じさせている。
・世界8強を目指すなら、今の日本ラグビーのシステムを根本的に改めるか、それとも、数十人規模でプレーヤーをイングランドかフランスに送り込んでプロリーグで数シーズン鍛え上げるしかないのではないか?

しかしながら残念ながら実績が伴わない。
トンガ、イタリア、パシィフィック・ファイブでの戦いに惨敗。
さらにアヴィロン・バイヨンヌのスポーツディレクターに協会に無断で就任するため、事態がこじれる。

それに対して以下の不満が噴出
・戦略・戦術面が不明確
指導力不足(個人任せ、練習が陳腐)
・日本に住んでいない
・仕事の掛け持ちでコミットメントを感じない


本ではエリサルド一家(フランスでも有名な3代続けてのラグビー一家)の紹介からエリサルド本人のキャリアを振り返りつつ、フランスラグビーの歴史と特徴にも触れている。
そこで見えてくることは、エリサルドはどちらかというとクラブでじっくり時間をかけて信頼とチームを創り上げていくのが得意なコーチで、わかりやすく言えば読売ジャイアンツ、サッカーで言うインテルのようなチームには馴染まないようだ。
つまり過ごす時間も短く、セレクターの要素が強い代表チーム監督が性に合わないのだろう。


さらにこれらに絡んで、契約がしっかり細部まで細かく結ばれていなかった問題も相まって、この2重契約問題はこじれにこじれる。
協会とエリサルド業務委託契約を結んでおり、専念する内容の契約ではなかったようなのだ。
フランス人のエリサルドとしては、当時のフランス代表監督のラポルトを始め、世界中のラグビー監督がサイドビジネスをしていることが常識の中で、何故自分だけ問題になるのか理解ができなかったようだ。


こういった部分を読んでいくと、この本に対する謎よりも、どうしてこういった事態になってしまうのか?という日本ラグビー協会に対する不思議さも感じざるを得ない。
牧歌的というか、能天気というか、いい加減というか。
そもそもエリサルドの長所をよく理解した上でヘッドコーチに就任させたのだろうか?
国際レベルの細かい契約を結ばなかったのだろうか?
それより何よりも、コミュニケーションを取っていなかったのだろうか?
もしかしてこの本の著者が邪魔でコミュニケーションを取りにくいと感じている人もいたかもしれない。
いずれにせよ謎が多いままだが、結論から言うと適材適所の人選ではなかったのだ。


エリサルドの指摘した日本ラグビーの問題点は的をはずれていない。
現に今年の頭のラグビークリニックにおけるインタビューでエディー・ジョーンズ氏が日本ラグビーに提言した7ヶ条は、

・日本の特徴は「独創性、早さ、巧緻性、勇敢さ」
・コンタクトエリアでの肉体的な接触を、創意工夫で最小限に抑える
・独自のスタイルで戦わなければ、結局はトップリーグでも生き残っていけない
・代表チームにスタイルを浸透させるには4年かかる。ただ、日本代表のコーチは、世界中のどの指導者よりも指導の時間を与えられている。
・日本とって、最も重要なのが「ディしジョンメーキング」の能力である
・日本ラグビーは大学が基礎。その枠組みを変えるのではなく、システムの中で選手の育成プランを考える。
・攻撃的ラグビーに取り組むなら、改善すべきはキャッチとパス

以上である。

判断力の点や、言い回しこそ違えど大学ラグビーの点、そして欧州や南半球の猿真似ではいけない点など共通項は多い。
もちろんエディー・ジョーンズエリサルドとではモノが違う。
しかし、日本の若い世代の育成コーチやひょっとするとトップリーグのヘッドコーチなら面白い存在だったのかもしれない。
何がいいたいかと言えば、日本はラグビーにおいて残念ながら世界の後進国の部類に入ってしまう。
最近でこそ一流選手がどんどんトップリーグにこそ入ってきているものの、その下の年代の閉鎖性は高いと言えるだろう。
借りれる手は全て借りた方がいい状況なのだ。
現在のラグビー界のつながりは、南半球のコネクションに偏っている。
フランスやイングランドスコットランドアイルランドにもどんどん触手を伸ばして力を借りつつ、日本ラグビーの独自文化、独自のプレイスタイルを醸成させていく必要があるのではないだろうか?
エリサルドは確かに結果を残さなかった。
心情的にバイヨンヌの職を受けたこともマイナスではあった。
しかし一刀両断する程日本ラグビーは高い地位にいるのかと言えば、そんなこともないだろう。
フランスラグビー界からの印象も悪くした可能性は高い。
へんな見栄やプライドをかなぐり捨てて、とにかくどん欲に素直にどんなものでも受け入れつつ、自分たちに合ったやり方に応用していく日本人の特徴をよく理解して、今後世界のブレーンを受け入れてもらいたい。


最後に、この本はどうしても付き人が書いた点で客観性に欠ける点で弱い。
三者、きちんとしたジャーナリストが書いて始めて成り立った本であったのだろう。
残念ながらそれに挑戦した人はいなかったという点で、それだけのリスクを冒す気概と需要がなかったかもしれないことも、日本ラグビー文化の現在地を物語っていたのかもしれない。


エリサルド後、JKがもたらした安定とベースアップは残念ながらワールドカップ2勝という目標には到達できなかった。
次の一手がこれまでの積み上げの一手なのか、また堂々巡りの一手なのかで、ワールドカップ2勝はぐっと近づきもするし、あっさり遠くへ逃げていも行く。
日本ラグビーの未来は、ここが正念場。


エリサルドの息子、ジャン・バティスト・エリサルド


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