書評:室伏広治 超える力

超える力

超える力

ロンドンオリンピック日本選手団の活躍は、チームワークと科学の勝利として認識されるだろう。
この二つの要素は個人競技で最も顕著に表れ、室伏広治の銅メダルがその証だろう。
「チームコウジ」
それはかつて北島康介が結成したチーム北島と同様のものであり、昨年のオリンピックの日本の躍進の要因が詰まったものである。


個人競技でのチームワークとはなんであろう?
それは水泳が扉を開けた、至極当たり前だが、普通に行われて来なかったことの実践である。
個人種目の選手は、それぞれの所属のチームのノウハウにのみ頼っていた時代があり、
日本代表という組織の中で真のチームとなることはなかった。
アトランタ五輪で期待された水泳選手団が惨敗したことを受けて、当時の競泳代表ヘッドコーチだった上野氏が、
その風通しの悪さに楔を打ち込んだ。

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そこから日本代表はそれぞれの指導者や所属チームが垣根を越えて協力する体制が出来上がり、
国内でせめぎ合うばかりでなく、日本全体で海外と戦う意識がもたらされた。
つまり異業種コラボも含むチーム日本。
いいとこ取りによる切磋琢磨。
そこに科学の力が近年加えられたのだ。


ナショナル・トレーニングセンターがこのタイミングで完成したことも大きい。
これにより日本の各スポーツのトップアスリートが一同に会する場所が出来、そのノウハウが集められた。
これにより一枚岩の協会(競技)と、所属チーム同士の壁がまだまだ高い団体競技(柔道)とでは、
メダル獲得数には大きな差が開いた。


そんな中チームコウジとはどんなものだろうか?


スポーツ医療、理学療法士ハンマー投げの技術的なコーチ、フィジカルトレーニングの専門家が集い、
室伏選手をサポートした。
テニスの錦織選手もサポートするロバート・オオハシさん、
サッカードイツ代表をサポートした咲花さん、
全米一の民間トレーニングセンター、アスリーツ・パフォーマンス、
ハンマー投げのテクニカルコーチ、元スウェーデン代表トーレ・グスタフソンさん、
(彼は現在アメリカでカイロプラクティック、ストレッチングなどを用いてケガを回復するスポーツ・クリニックも開いている)
そして忘れてはならない、父、室伏重信さんの存在。
チーム室伏は最強のメンバーで構成されていたと言っても過言ではない。






しかしさすが室伏広治、彼のすごさはここでは終わらない。

深は新なり

様々な技術革新を残し続けてきた東レの技術研究者達に残るこの言葉にあるように、
一つのことを深く極限まで突き詰めていく中で、
新しい発見がある。



室伏広治はまさにこれを実践している。
知らない人も多いかもしれないが、そう、彼は研究者でもあるのだ。
中京大学助教授でもある彼は、スポーツバイオメカニックスの専門家でもあり、博士課程も修了している。
彼の修士と学位論文の内容は、
ハンマー投の回転半径」

「ハンマー頭部の加速についてのバイオメカニックス的考察」
そして現在取り組んでいるのが、

スキルに関する物理情報を音や電気刺激に置き換えて、リアルタイムで直接、運動を支援する、小型センサを用いたトレーニングツールだ。


そうです。。。




このブログでも文武両道がスポーツ界にもたらす様々な効果を唱えてきたが、正直これはもうレベルが違う。
そして彼の好奇心と探究心は科学だけに捉われず、さらに古武道にも向かっている。
自然の動作の追求のため、投網、扇子投げ、囲碁やおはじきを投げるなどその挑戦は多岐を極める。




そしてさらにはその視線は日本のスポーツ界にまで及ぶ。
彼が実践してきた活動を学術としてまとめ、唱えることはこうだ。


日本では地域に根ざしたスポーツ・クラブの基盤がない。
学生は体育会や体育学部にしか進むしかない。
しかしそこで監督やコーチは一部の優れたアスリートしか見ない傾向が強い。
そしてその後学生は体育教員になるか、体育関連の仕事に就くしかない。
これではもったいない。


そこで、科学との融合だ。
応用スポーツ科学
運動生理学
スポーツ社会学
スポーツ栄養学
スポーツ心理学
といった分野の教授とのパイプやバックアップ体制を構築していく。


その結果、以下6つのアスリートのパフォーマンス向上のための基礎的なサポートが得られるようにする。

  • 体力向上のトレーニングブログラム
  • 基本的な筋力アップを促し、ケガを予防するファンクショナルトレーニングや運動機能向上のプログラム
  • 運動種目の専門スキルを磨くプログラム
  • スランプに陥ったり、燃え尽き症候群を防いだり、気持ちのリセットなどの心理面をサポートするマインドセットプログラム
  • 食事や栄養学、補助食品でリカバリーを促す栄養・ニュートリションプログラム
  • 理学療法やマッサージ・医学サポートによる回復・ケガ防止及び諸器官機能を向上させるリハビリテーションプログラム


そして強調するのは、これが一部のエリート選手だけでなくて、運動に関わる全学生に提供することだと説く。


そして実はこれが、前回のブログ
書評:フット×ブレインの思考法 日本のサッカーを強くする25の視点
で書いたこととつながってくる。


スポーツには多様性があり、産業として発展していく可能性がある。
室伏選手が提唱するこの構想だけでも、
フィジカル面、研究面、スキル面と多岐にわたる分野が広がっており、
それらが開く職業の扉の数は多い。
オリンピックで金メダルを取らなくても、こういった分野で金メダルには貢献できる。
この可能性こそ部活で提示されることではないだろうか?
特に高等教育、高校、大学では選手として頑張ることと合わせて求められるのではないだろうか?
そのためには、次の室伏選手、次のオリンピック選手兼博士過程修了者が求められる。
その数が増えることによって裾野が広がり、理解が広がり、新たな夢が現実と化していく。


今日本の部活には限りなく高い知性が求められてもいいのではないだろうか?
それがこの国の部活というユニークな仕組みの集大成ではないだろうか?
そしてそれがスポーツ大国への第1歩ではないだろうか?
今スポーツ選手に求められているのは、引退後に飲食店を開くことではないだろう。


Foot Brainと同様に、スポーツという素晴らしいものを360度ぐるりと見回して、あらゆる可能性を提示したことではないだろうか?
この本が多くのきっかけと知的好奇心を刺激することを期待したい。





なお、本書ではドーピングについても多く語られているが、今回は様々な騒動が収まっていないため、そして真相がわからないため、触れることを避けた。


このテーマに興味を持たれた方は、ぜひポッドキャストもお楽しみ下さい!

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