書評47:サッカー代理人

契約交渉や移籍交渉、チームと選手間、リーグと選手間に存在する交渉事は、人間の行うことだから当然感情も加わり、全てがうまくいくとは限らない。
言えないこと、知らない方がいいこと、駆け引き、信頼、金額の大小、選手の活躍しやすい環境、指導者との相性、選手自身の評価、球団の評価、様々なズレが当然のことながらあり、その部分を極力感情的にならずにうまく埋めていくのが代理人の存在だろう。


FIFA及びJFAの規則により、日本国内の選手契約に関するクラブとの交渉において、選手を代理できる者は、以下の通りとなっている。

【1】JFAがライセンスを発行したJFA認定選手エージェント
【2】外国サッカー協会がライセンスを発行した外国サッカー協会認定選手エージェント
【3】日本の弁護士法に基づく弁護士
【4】親、兄弟、配偶者



一方日本のプロ野球が認めている代理人交渉は、以下の通り。
【1】代理人は日本弁護士連合会所属の日本人弁護士に限定
【2】一人の代理人が複数の選手と契約することの禁止
【3】選手契約交渉で初回の交渉には選手が同席を必要とするが、二回目以降の交渉について球団と選手が双方合意すれば、代理人単独交渉も可能

恐ろしい程の違いである。
ご存知のように、日本のプロ野球並びにドラフトでストーブリーグは契約交渉、入団交渉周りでのスッタモンダがとても多い。
むしろ風物詩として紙面を賑わせ、ファンも楽しみにしてしまっている傾向がある悪しき文化かもしれない。
今年で言えば菅野投手のドラフト騒動も代理人の介入が認められていないところからこじれているといっても過言ではないだろう。
菅野本人と日ハムの間に立ち、双方にとってベストな道筋を提示できる存在が制度的にいない。


天と地ほどの違いを感じる両者の隔たりだが、日本のプロ野球ファンにも日本サッカーのトップ代理人がどんな人物かを知るのも興味深いかもしれない。
著者はロベルト佃。
FIFA公式代理人
父親が日系人で母親が日本人の日系3世。
日本語、スペイン語ポルトガル語、英語、フランス語、イタリア語を駆使する。
長友、長谷部、中村俊輔、阿部、岡崎など海外へ飛び立った日本の多くのスターの代理人を務める。


サッカー代理人 (日文新書)

サッカー代理人 (日文新書)


日本ではプロ野球が認めていないため、代理人の果たす役割や実像が伝えられることも少ないし、正しく伝えられているとも思えない。
契約社会であるアメリカでは、有名な代理人の名前はスポーツの文脈で伝えられ、彼らのいい部分も悪い分もクローズアップされる。
参考: Top 10: Sports Agents
筆者は元々代理人とは表に出る必要のないものと認識しているが、そんな日本の現状を危惧して、代理人の役割、そして行っている業務を伝えるべくこの本を書いた。
そんな考えの持ち主だからこそ、とてもまともな人物だということが読み取れる。
自慢する訳でもなく、おもしろいエピソードをゴシップ的に紹介している訳でもない。
淡々と業務内容を説明し、幾つかの事例をありのままに述べている。
もちろんその事例は長友や中村俊輔らの実体験にまつわるエピソードだから興味深い。


だがそれ以上に、経験から生み出された知見がたくさん詰まっている。
代理人から見た成功する選手の条件は、メンタルの強さと自己分析能力の高さ。
移籍交渉に伴うリスク、タイミング、及び海外クラブのオーナーやGMと渡り合う際に必要な能力。
代理人として行う選手のメンタル、セカンドキャリア、移籍、契約延長等の実践と心得。
ありのままに書かれているロベルト佃氏の言葉はどれも真っ当で、淡々と書かれているものの、重みのある言葉ばかりだ。
それはやはり自ら海外移籍へと羽ばたいた選手と共に、代理人の立場で真剣に業務と向き合ってきたからだろう。
経験値がとにかく高いのだ。


しかしプロ野球が感心しなければならないのは、彼の語学力でも移籍交渉のすごさではなく、むしろ彼がこの業務をスタートさせたことが2001年からだということだろう。
そう、わずか10年前のことである。
一方でプロ野球は1992年に古田敦也代理人交渉を要望した時から進んだ道のりは、彼の1年分ほどの道のりですらないだろう。
プロ野球がモタモタしている間に、日本人サッカー公認代理人の数は20を越え、海外代理人とのルートも着々築き上げられ、交渉相手のクラブも国も膨大な数へと発展している。


もちろん代理人制度さえ取り入れればなんでも改善される訳でもない。
代理人にはリーグ全体、スポーツ全体最適の選択を考えて行動する人物もいるだろうが、基本的には選手に雇われている以上選手側に立ってベストの選択を勝ち取ろうとする。
その結果わかりやすい弊害といえば、年俸の高騰などが上げられるだろう。
結果NBAのように、選手とリーグの間にもつれが生じ、ロックアウトストライキ等が起きる確率も増るといってもあながち間違いでもない。
この点に関する対処法は未だ世界のどのスポーツ、どのリーグにも必ずしもベストな答えがでていないが、未だにギリギリスタートラインに立っているプロ野球も一方で問題だろう。
いい代理人、悪い代理人、それは人間だからこそどちらも存在する。
しかしキャリアの短いアスリートの競技生活を考えると、制度として取り入れることなく何かを改善しようとするのも無理がある。
おそらくセカンドキャリア教育とセットで考えるべき問題かもしれない。
いずれにせよ、多くのプロ野球ファン及び関係者に読んでもらいたい一冊。
いきなりマイケル・ジョーダン代理人を務めたアメリカのDavid Falkなどの伝記を読もうものならそれこそ誤解してしまうかもしれない。
(とは言え、Falk氏の影響力はかなり大きかったものの、自分のクライアントのことばかりではなく、きちんと全体最適も考えていたことが自伝からは伝わってくる)

The Bald Truth

The Bald Truth

スポーツビジネスがアメリカ等と比較して大きく遅れを取っている日本に取ってとにかく大事なことは、信頼できるスポーツエージェントが増えることだろう。
何故なら彼らもスポーツを育てる上で大きな役割を果たすからだ。
時には高額収入を選手にもたらすことで、社会に夢と希望を与え、スターを生むかもしれない。
時に夢が叶えられなかった選手の次のキャリアを形成し、別の夢を叶えさせることかもしれない。
いずれにせよ、良くも悪くも代理人の名前が日本でも少しずつ有名になってこないと、ビジネスとして成熟していないことだし、世界の舞台に立っていない証拠でもある。


この本からは、日本のスポーツ界が発展するためには、選手だけではなく、サポートするメンバー、特に代理人の育成と成長も欠かせないことがよくわかる。
いい意味で有名な代理人が増えることを願おう。
そのためには、プロ野球にはまずその需要の創出を願いたい。



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スポマン JAPAN!

第4回のお題は、

そこがヘンだよプロ野球

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