インベストメントハードラー

世界陸上メダリストのお金と人生に対する投資術

インベストメント ハードラー (FOOTBALL Nippon Books)

インベストメント ハードラー (FOOTBALL Nippon Books)

直訳すると、「投資ハードラー」というタイトルになる。
このタイトルから行くと、為末選手が実はデイトレーダーで、プロ陸上選手としてだけでは生活が苦しいから、その分投資で補っている、といったような間違った印象を受けるが、そんなようでいて、実はもっと奥の深い本である。

先日テレビで須藤元気がお料理番組に出ていたが、とても格闘家とは思えない発言がとても多かった。
為末選手にも同様な印象を受けた。
知性というのか達観しているのか、それでいて中田英寿のように鋭くなく、どこか微笑ましい部分を残してくれる。須藤も為末も他の道を歩んでも成功するのではないかと感じさせる印象を受ける。

そんな彼の生い立ちからお金と人生への投資哲学がしっかり含まれている一冊だ。
この本が本屋のどのセクションに並ぶのか興味深い。スポーツか?ビジネスか?はたまた株式・投資か?

本の中身は基本的に2段構成になっている。
陸上の話と投資の話。
それが途中からクロスしてくるのがこの本の最大の特徴かもしれない。
一流は一流を知るというが、陸上をとことん突き詰めていく中で、投資の中にも何か共通の真理を見つけた、といった感じだろうか。

彼の投資人生は100Mの朝原選手によって紹介されたタイでビジネスを行っている人物との出会いから始まる。
そこからプロの陸上選手とは何かを突き詰めていく過程で様々な知識や見識を身につけていく。
気になることはとことん調べていく彼の性格が出ているが、知性を感じる部分はバランスが取れていることである。
「一つの方向に傾倒してはいけない」 一つのことに興味を持ったら、その正反対の意見にも耳を傾ける。
自分が株などのことを気にしている状態こそ、陸上にとって天敵 つまり本業があくまで大事であると。

まだ30そこそこの年齢でありながら、しっかりとした自分なりの考え方をきちんと持っている。
その上最後のほうには、「お金を増やす理想は、「わらべ長者」である」、「お金だけでは幸せは買えない」とくる。
ここまでくるとウォーレン・バフェットの本を読んでいるのか、一陸上選手の本を読んでいるのかわからなくなってくる。
(本に登場するもう少し詳しい為末選手のコメントの紹介はこちらのブログへ

プロ選手がほとんど存在しない日本の陸上競技界において、もっとも苦しいかもしれない種目400mハードルの選手としてプロとして自立していくために知恵と体とハートの全てを注ぎ込んだ人間の重みのある言葉が記されている。
しかしながら、これはあまり後輩のアスリートには、すぐに参考になるケースではないように思う。
これほどしっかり物事の本質を考え、覚悟を決めて競技に望んでいるアスリートが日本に何人いるのか?という話になる。
企業に就職という選択肢がまだある中で、メダリストしか持ち上げられないこの貧困なスポーツ文化の国でどうやって生きていくのだろうか?どうやって競技を続けるのだろうか?どうやって勝つのだろうか?それが現在才能あるスポーツ選手、特にプロリーグがないスポーツを選んだ選手に突きつけられている現実である。

ちなみに、為末選手のマネージメントは中田同様サニーサイドアップが行っている。
サニーサイドアップといえば、スポーツファンの中ではあまりに商業主義色が強すぎて懸念を持つ人もいるが、本人がしっかりしていれば、ここの事務所は問題ないようだ。

この本が後世の日本のアスリートに役立つとすれば、一流になるためには運動バカになることが求められていないということを示唆していることに限られるかもしれない。
知性を身につけ、常識を身につけ、ファンに受け入れられる存在でない限り、プロとして自立していくのはいまだに険しい道のりだということを認識して始めて役に立つのかもしれない。
そして彼のセカンドライフも軌道に乗った時こそ、そのメッセージが結実するだろう。
その前に8月には世界陸上が開催される。
彼はその舞台に立つことが出来るのだろうか?
スポーツ界により影響力を及ぼしてもらうためにも、是非活躍を期待したい。

侍ハードラー 為末大オフィシャルサイト

http://sports.nifty.com/tamesue/


追記:今週の週刊ダイヤモンドドラッカー特集に彼のインタビューが1ページ掲載されています。
コーチをつけずにやっている為末選手は、ドラッカーの『マネージメント[エッセンシャル]』を参考にしながらロンドン五輪を目指しているとのこと。

週刊 ダイヤモンド 2011年 6/18号 [雑誌]

週刊 ダイヤモンド 2011年 6/18号 [雑誌]



関連記事:書評:「精密力」~日本再生のヒント~―全日本女子バレー32年ぶりメダル獲得の秘密