悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記

サッカーと政治の冷たい現実

悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)

悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)


「 7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」ピクシーことストイコビッチなど数々のタレントを輩出してきた多民族国家ユーゴスラビア
1990年代の内戦、紛争を経て、1999年にNATOによる空爆を受ける中、それぞれのルーツを持つサッカー関係者が何を想い、何に直面し、何を感じたかを描いたルポ。
ジーコジャパンなるものがドイツで幕を閉じ、川淵キャプテンの大失言によって次期代表監督はジェフ千葉オシム監督に向かって急速に動いた。
マスコミは彼の身長や、語録、若手起用などありきたりなニュースで盛り上がったが、残念ながら彼の出身について語られるものは少ない。
「旧ユーゴスラビアの代表監督を務めた」というところで報道が止まる。
それより先には行かない。
オシムストイコビッチ以外にも旧ユーゴスラビア出身でサッカー界に活躍している人はいる。
サンフレッチェ広島ペトロビッチ監督、ピクシーはもちろんだが、現千葉県サッカー協会のテクニカルアドバイザーのゼムノビッチ氏など。
なのにあまり彼らの背景が語られることはない。
川淵キャプテンが「オシムの言葉」という本を読んで感銘を受けたとコメントしているのにも関わらず、どうやらマスコミはそれ以外の本を読んでいないような印象を受けてしまう。


オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)


オシムの言葉」の中では、もちろん彼の語録やサッカー観がたっぷりと詰まっているのだが、同時にボスニアで生まれ、内戦で家族と離れ離れになり、戦争に直面した彼の人生も描かれている。
「悪者見参―ユーゴスラビアサッカー戦記」では、その戦争に直面したサッカー関係者の様子が刻々と記されている。

筆者は「オシムの言葉」と同様に木村元彦氏。
7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国と表現された旧ユーゴスラビア
東欧のブラジルとも呼ばれ、サッカー界で有名な選手を多く輩出し、ワールドカップでは日本とも縁があるクロアチアとも切っても切れない国。
そんな国で起きた生々しい悲惨な事実を知る上で読んだ方がいいだろう。
自らの足で現地に赴き、ボバン、ストイコビッチミハイロビッチ、シューケル、オーストラリア代表ビドゥカクロアチア系移民)など日本に馴染み深い選手、そして決して有名ではないかもしれないが、コズニク、ミレ爺さんなど多くのサッカー関係者の現実を伝えた一冊。
これはサッカー関係の本というよりかは、やはりタイトルに記されているように、一つの戦記なのだろう。

何が真実で何が真実でないか?
フィールド上のプレイの奥底にある、民族意識、差別、戦争、別れの現実。
日本のマスコミの伝達能力の乏しさ。
様々な生き様と生々しい現実を知ると、オシム報道にも違和感を感じたかもしれない。
私は個人的に旧ユーゴスラビアの内戦やコソボ扮装やNATO空爆については恥ずかしながらほとんど何も知らなかった。
サッカーを通じて知ったことを複雑な感情で受け止めている。


引き裂かれたイレブン ~オシムの涙~ [DVD]

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